食とヨーロッパの風景

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訪れたレストラン・主にヨーロッパの風景を撮りためた写真を中心に日常を織り交ぜながらアップ致します

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ウィーンの小道を歩く vol.2

ウィーンの旧市街、
シュテファン寺院とオペラ座を通った、
「ケルントナー通り」を挟むように、

多くの小道が網の目のように
張り巡らされた
1区の小道<Gasse>ですが、

その中でも、
<コールマルクト>と<グラ―ベン>は、
高級なお店が立ち並ぶ、
少し太めの道でもあります。

そこには、
グラ―ベンの名の通り、
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ペスト記念塔が、神々しくそびえ建っております。
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ペストは、
1472年以降、西ヨーロッパから姿を消していたのですが、
14世紀には全ヨーロッパにまたがるペストの大流行が発生しました。

1679年、ウィーンは、最後のビッグのいずれかによって訪問されたペストが大流行、
街を逃れた、 皇帝レオポルト1世は、流行が終わるならば慈悲列を建てることを誓ったのです。

同じ年に、ヨハンFrühwirthが示す、発足した三位一体の上コリント 9彫刻の天使( 天使の九合唱団 )
と一緒に参列、
1683年、 マティアスRauchmillerは、大理石の作業を行うため委託されましたが、
彼 ​​は1686年に死亡し、少数の天使の数字を残しました。

いくつかの新しいデザインは、他の人の間で、続くヨハン·ベルンハルト·フィッシャー·フォン·エルラッハ列の基部に彫刻を設計し、。

最後に、プロジェクト管理はに割り当てられていた
ポール·シュトルーデル劇場エンジニアの概念に彼の作品に基づいて、
ロドヴィコBurnacini が担当、

トリニティ図の下には、Burnaciniは、
信仰の彫刻に祈り、天使の彫刻と雲のピラミッドと同様にひざまずく皇帝レオポルトを想定していました。

中でも、彫刻家トビアスKrackerとヨハン·ベンデルは、カラムに貢献しています。
列は、1693年に発足しました。

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ここグラ―ベンからもシュテファン寺院を拝むことができます。

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ウィーンの名窯<アウガルテン>のお店、
2012年現在は、もうひとつ先の小道に移転しております。

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そしてこれからさらに、
コールマルクトへと歩き<王宮の門>へと参ります。

どうぞお楽しみに~060.gif

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by junomyu | 2012-03-11 13:57 | ヨーロッパの風景 | Comments(0)